インタビュー

※「埋火」特集ページに掲載の「作・演出 タニノクロウ インタビュー」のLong ver.になります。
庭劇団ペニノの主宰・タニノクロウさんが作・演出を手がける新作時代劇『埋火(うずみび)』。
香港、ウィーン、アテネで上演され、海外で高い評価を受けた本作が、いよいよ日本で初上演されます。
タイトルの『埋火』とは、囲炉裏や火鉢などの灰の中に埋めて消えないようにする炭火のこと。「人の心の奥底にある、決して消えない感情や記憶」の比喩としても使われる言葉です。
本作には、視覚障がいのある俳優も出演しています。人間の心情を、緻密な舞台づくりと独自の演出で描き出すタニノさんが、視覚障がいのある俳優との創作を通して感じたこととは何だったのでしょうか。
『埋火』の魅力と舞台制作の裏側について、お話を伺いました。
――『埋火』は、どのようなきっかけで生まれた作品なのでしょうか?
香港国際芸術祭「No Limits」から、共同製作のお話をいただいたことです。「No Limits」は、芸術を通じたバリアフリーとインクルージョン(多様な人が分け隔てなく活躍できる環境)の推進を目的としたフェスティバルで、障がいのあるアーティストも積極的に作品に参加しています。
庭劇団ペニノも、これまでに2度招聘公演を行っており、その信頼関係から2年半ほど前に「障がいのある方を起用したオリジナル作品を一緒につくりませんか」と声をかけていただきました。障がいのある方が参加している作品は他にもたくさんありますが、実際に俳優として舞台上で演じる作品は珍しいです。私たちにとっても、視覚障がいのある方と本格的に舞台創作を行うのは、初めての挑戦でした。

――出演者は、タニノさんがキャスティングされたのですか?
そうです。本作では、視覚障がいのある関場理生さんとかわい いねこさんのお二人に参加していただきました。
いろいろな方に声をかけましたが、お二人の年齢や雰囲気が構想していた脚本のイメージにぴったり合っていたこと、さらに、かわいさんが実際に按摩(あんま)師であるという偶然も重なり、ぜひお願いしたいと思いました。
関場さんは幼い頃から視覚障がいがあり、高校から演劇を始め、ずっと舞台活動を続けている俳優です。かわいさんは、朗読グループ「こうばこの会」のメンバーとして、リーディングなどの声を使った表現活動をされています。演者として舞台に出演されるのは、今回が初めてです。
関場さん、かわいさんはもちろん、ほかの俳優も素晴らしい方ばかりです。舞台を中心に活躍する柴田鷹雄さん、庭劇団ペニノでおなじみの緒方晋さんと百元夏繪さんにも出演していただいています。
特に百元さんは御年84歳!世界を回りながら舞台に立つパワーは、本当に見事ですね。
――タニノ作品初の「時代劇」ですが、なぜ江戸時代を選ばれたのでしょうか?
数百年前、世界で初めて盲目の人々が按摩を学ぶための組織をつくったのが日本だった、という史実を知り、現代よりも江戸時代という設定のほうが面白いのではないかと思ったからです。
当時は、身分や性別、障がいの有無などによって、生き方が今よりもずっと限定されていた時代だったと思います。そのなかで、障がいのある人が社会から与えられた役割をどう受け止め、そこからどうはみ出して生きてきたかを描きたいと考えました。しかし、ただ歴史を再現するより、時代劇を「現代を映す鏡」のような存在として捉えることで、現代にも通じる普遍性のある物語として構成しました。
――タイトル『埋火』に込めた想いとは?
灰の中に埋める小さな火種のように、人間は誰しも、どうしても消せない記憶や感情を持っているのではないでしょうか。自分の中ではもう消えたと思っていても、何かをきっかけに再び熱を帯びる瞬間がある。本作では、登場人物それぞれが心の奥に秘めている静かな欲望や感情、癒えない傷みに触れ、人間の深い感情を描いています。
――視覚障がいのある方との舞台づくりにおいて、どのようなことを意識されましたか?
今まで以上に「言葉以外の部分」を緻密につくり込みました。
舞台では、煙の出し方やそこから感じるにおい、音を出す方向、足の感触など、空間全体を使った立体的な演出効果にこだわりました。
見えないことで難しいのは、客席がどちらなのか、舞台の中心がどこなのかといった空間の把握です。何かに触れたり、音の反響によって「ここに何がある」ということを把握するそうですが、演技中にあちこち手で触って確認するわけにはいきません。そこで、足の裏で感じる床の凸凹や木目、音、においなどの変化で立ち位置や方向を確認できるようにしました。
すごいなと思ったのは、一度舞台を回っただけで、何歩進んだら段差がある、ここには囲炉裏があるなどと、まるで見えているかのように頭の中で舞台空間が完成されていたことです。空間を掴むスピードがとても早く、本当に驚きました。
特に今回の舞台は横に長く、囲炉裏や小道具、段差など、普通なら歩くのも大変なセットになっています。でも、だからといってお二人が演じやすいように障害物をなくすことはせず、いかに自然に見せるかも大事にしました。舞台美術家と一緒に安全に動ける方法を考え、他の俳優と同じように演じられる舞台をつくっていきました。
お二人が舞台上を歩くときの緊張感や、独特な身体の使い方から醸し出される何とも言えない美しさも、ぜひ実際の舞台で観てもらいたいです。
また、セリフについても、これまでの日常会話を軸にした現代劇とは異なり、言葉を置いていくようなセリフを意図的に入れました。たとえば、按摩とは何か、その説明を通して人間とはどういうものなのかを考えさせるような哲学的な言葉です。このような“粒だったセリフ”を丁寧に書いています。
そうやって一つひとつ創り上げていく中で気づいたのは、関場さんやかわいさんのための工夫が、結果的に「みんなにとっていいもの」になっていくということです。より良い作品にするためにどうするかを考えることは、とても面白かったですね。


――特に印象に残っていることはありますか?
視覚障がいのある方との舞台創作は初めてだったので、試行錯誤したことはたくさんあります。しかし、自分らしい演出方法やこれまで私が大切にしてきたことを、何一つ諦めなかったことです。
最初にみんなで話し合ったときに「困難なことも、簡単な方法を見つけて簡単に済ませることはしない」と決めていたので、とにかくコミュニケーションを大切にしました。舞台の構成や演出もそうですし、舞台転換も30秒で行うのは難しいわけですが、だからといってやらないという選択をするのではなく、どうしたらみんながより効率的に動けるかを考える。私自身、舞台をつくることについていろいろなことを考え直しました。
見えている人の感覚で同じように求めるのは違うし、だからといって「できないなら代わりに自分がこうしよう」「もっとこうしてあげよう」という過度なサポートは、逆に相手の負担にもなりかねません。もしかすると、稽古が始まったばかりのころはそういうことが多かったかもしれませんし、「いかに狭い範囲で物事を見ていたのか」とも気づかされました。
作品の中でも、お互いが頼り合い、心地よい距離感でつながっている関係性を描いていますが、違いを発見したり、想像したり、またときには話し合ったりすることが大切で、一方通行ではだめなんです。それをいかに当たり前にやるかは、何度もトライ&エラーを繰り返すことから始まるのかなと思います。

――香港を皮切りに、ウィーン、アテネでも上演されましたが、海外での反応はいかがでしたか?
どの国でも共通していたのは、「視覚障がいのある俳優が、段差や小道具などの多い舞台に挑戦していることに心を動かされた」という反応でした。脚本も含め、「言語や文化を超えた作品」と高い評価をいただけたのは嬉しかったです。
一方で、国によって違いもありました。例えばアテネでは、ギリシャ神話が人々のアイデンティティに刻まれているので、日本昔話を思わせる『埋火』とギリシャ神話を重ね合わせて作品を読み解いていった、という反応も多く、とても印象に残っています。
また、アクセシビリティという観点では、あらゆる人が作品を楽しめるよう、英語と現地語での字幕表示や、香港公演では視覚障がいの方への同時音声通訳などの鑑賞サポートも行いました。同時音声通訳においては、ト書き部分も詳細に伝えられるよう、現地スタッフが台本を作り直すといった工夫もしました。それもあって、障がいの有無にかかわらず多くの方に観ていただけたと実感しています。
こうしたアクセシビリティへの取り組みは日本でも始まっていますが、演劇の分野においては発展途上と言えます。どういうサポートが必要なのか、いまだ話し合われているような段階ですし、障がいがあるために演劇を観に行きたいけれど諦めているという方は大勢いると思います。
私たちとしてもまだまだ勉強すべきことはたくさんあります。これで終わりにするのではなく、さらに知恵を出し合って発展させていきたいですね。公演の規模に関係なく、日本全体でこうした取り組みが広がっていけばいいなと思っています。
――多様な人に演劇の新たな世界を開く、それもこの作品の魅力の一つだと思います。
今回の富山公演でも鑑賞サポートが用意されていますし、最初から「障がいがあるから無理」と思わず、少しでも「行ってみよう」と思っていただけたら嬉しいです。そして、これをきっかけに、演劇がもっと開かれた場になっていってほしい。観るだけでなく、俳優や舞台制作などいろいろな関わり方ができるので、創作グループの一員としても、どんどん演劇の世界に足を踏み入れてほしいですね。そのためにも、『埋火』のように多様な人が参加し、観に来られるような挑戦や姿勢を、これからも発信していこうと考えています。

――では最後に、『埋火』を通してどんなことを感じてほしいですか?
視覚障がいのある方が感じている世界の切り取り方を、俳優の身体を通して感じ取ることができる、今までとはちょっと違う演劇体験ができる作品です。見えている世界だけでなく、その背景にある「見えていない」ダークな世界も同時に感じることで、普段自分たちが見ている世界とは違う、もう一つの世界を体験できるのではないでしょうか。見ること・見えないことを超えて、意識の奥の部分が刺激されるような独特の感覚を味わってみてください。
そして、「演劇は難しいもの」ではなく、障がいの有無にかかわらず、どんな人でも楽しめるんだ、関われるんだと感じてもらえるきっかけになればいいですね。
聞き手・文 大井 久美子