こんなこけらの裏話

公演振り返り

SHARE

2023年7月1日(土)、全国的にも稀な劇場オリジナルソング『夜明けの詩』のお披露目とともに、記念式典からの坂東玉三郎×鼓童『アマテラス幻想』公演で豪華に幕開けした。翌2日には『小曽根真 featuring No Name Horses~AUBADE HALL ANNIVERSARY~』公演で会場内はスタンディング・オベーションでの大喝采が鳴り響き、見事ロケットスタートに成功したオーバード・ホール中ホール。

今後も次々と華々しいラインナップが続く。

そんな中、ちょっと地味目な裏話をひとつ。

 

今後中ホールの音楽シーンで軸となっていくであろう、フルコンサートグランドピアノ(通称:フルコン)は、富山市呉羽町にある練習創作専用施設“富山市民芸術創造センター”(以下:芸創)内の舞台稽古場という部屋に、平成7年9月の開館以来27年間設置されていたピアノ(YAMAHA CF-Ⅲ)を、中ホールの開館に合わせて移動されたものである。

芸創のオープニングスタッフでもあり、且つ、今回の『小曽根真feat. No Name Horses』公演を企画した私としては、

「世界的ジャズピアニストの小曽根さんに、あのCF-Ⅲを弾いていただいても大丈夫だろうか…」

という、まぁまぁ重めな不安をしばらく抱え続けていた。

その不安の要因は、通常の劇場・音楽堂のような空調の効いたピアノ庫で管理されていたわけでもなく、芸創内でも比較的外気の影響を受けやすい舞台稽古場に置いてあったという事実。実際、何度か大雨による床上・床下浸水被害にもあっている部屋でもある。

 

そこで今年3月、小曽根さんが入善コスモホールでのコンサートの為に来県されていたのを機に芸創へお連れし、施設紹介を兼ねてCF-Ⅲを試奏していただく事になった。

入善町から富山市へ移動しながら事情を説明する車中、小曽根さんより

「僕ね、CF-Ⅲの印象が悪くてヤマハを弾かなくなったんだよ(笑)…一時ね。」

という、もはや絶望的なお言葉を受け、芸創の舞台稽古場へ到着後、半ば諦めの心境でピアノの蓋を開けた。

小曽根さんが座り、鍵盤に指を滑らせた瞬間…

「あれ?これ…」

と、なにやら呟きながら低音部から高音部への半音階…でもなくハノン的でもない、独特の、JazzyともBluesyとも思える美しい音色とともに、小曽根さんが驚いた顔で私を見る。

「これ、ひょっとしたら今まで出会ったCF-Ⅲの中で一番良いかも!」

と、歓喜(!)の一言を発された後、おもむろにラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」より第2楽章を弾き始める。

5本からなる照明バトンも一切点けず、薄暗い蛍光灯だけの、大ホール主舞台と同規模スペースを有する、だだっ広い舞台稽古場の隅っこで、

世界のクラシック界とジャズ界を縦横無尽に行き来する一流ピアニストが奏でるラフマニノフ。そしてこの空間を独り占めしている私。

今思い出しても異様で素敵な、忘れられない時間である。

 

その後も軽快なアップテンポなナンバーからスローバラードなど、様々なジャンル曲での試奏が続いた。

トータル時間にして約15分ぐらいだろうか…小曽根さんは弾き終えて、

「うん。この子(ピアノ)良いですね。やっぱり、今までのCF-Ⅲで一番。これで行きましょう。」

7月の公演までの間に、小曽根さんが国内で最も信頼を寄せる調律師にメンテナンスしてもらう事を条件に、このCF-Ⅲでの杮落し公演が決定した。

ピアノの蓋を閉じ、鍵をかけ、一緒にピアノカバーをかけていただいている際に、

「浸水被害とか色々あったんだろうけど、それでもちゃんと大事にされてきたんだね。」

と優しくピアノに語り掛ける小曽根さんの一言に、涙腺うるっ。

思えば私とこのピアノは、言わば“同期”なんだな…とその瞬間に気づく。

 

そして何より、富山市民芸術創造センターの全ピアノを調整・調律・保守点検など、年間を通じてメンテナンスしていただいている富山県内の調律師の方々は勿論、日頃より丁寧に使用されている市民の皆様のおかげで、このオールド・ルーキーCF-Ⅲのデビューが実現したのは間違いない。今更ながら心より感謝。

練習創作専用施設の、しかも主に舞踊や演劇のために利用されてきた稽古場のピアノ。

製作されてから28年目にして、初めてプロのステージでスポットライトを浴びる事になったCF-Ⅲ。

杮落しの最初の演奏が小曽根真さんで、共演するのは日本ジャズ界のオールスター集団“No Name Horses”!

プレッシャー半端なかっただろうなぁ。。。

終演後の小曽根さんは上機嫌に、当劇場情報誌MiteMiteの取材インタビューに答えてくださった。

中ホールで演奏した感想、富山のお客様の感想、そして、あのピアノを演奏した感想。

“遅れてきたルーキー”のステージデビュー戦は、果たしていかがだっただろうか。

MiteMite次号での小曽根さんインタビュー記事をお楽しみに。

ちなみに中ホールではもう一台、YAMAHA CF6という新品のセミコンサートグランドピアノ(通称:セミコン)も完備している。

フレッシュで伸びやかな音色と、こちらも前評判は高い。市民の発表会など、是非幅広いシーンでご活用いただきたい。

そして芸創とそのピアノたち同様、みんなに永く愛され続けるホールとピアノでありますように。

PAGE TOP