今年9月に茂山千五郎家当主を襲名された、
十四世 茂山千五郎さんにうかがいました。
そもそも、狂言とはどんな芸能ですか?
よく「室町時代の吉本新喜劇」と言うんですけどね(笑)数ある古典芸能のなかで、「喜劇」というものに特化しているのは狂言しかないです。能はシリアスで緊張感を持って観る芸能です。狂言はひとつの演目の時間も短く、コミカルなものです。
実は、狂言の台本ってそんなに古い時代のものは残ってないんです。江戸初期、一番古いもので天正本と言われるものがあります。ただそこには「すじがき」しか書かれてないんですよ。江戸中期くらいになると、ようやくちゃんとした「せりふ」として残っている台本があります。
ですので、もともと狂言は即興劇で、テーマをもとに役者同志が即興で話をつくっていたんだなっていうのがうかがえるんです。
茂山千五郎家は「お豆腐狂言」と言われますが?
お豆腐狂言と言うようになったのは、僕からいうとひいひいおじいさん二世千作の時代のこと。
武家のお抱えの芸能として栄えた能楽ですが、明治時代にはすでに一般のひとからするとかけ離れた馴染みがない芸能になっていたんですね。二世千作は、このままではいけないと、頼まれれば気軽に出かけて行って、多くのひとに観てもらおうと活動したんです。
ただ、当時の能楽界には、能舞台以外での上演を禁じたり、異分野とは一緒の舞台に立ってはいけないという暗黙の了解があったんです。それを破って出て行ったので、周りからは「茂山の狂言は、呼ばれたらどこにでも出て行きよる」と。京都ですので、「今日のおかずに困ったら、ま、豆腐でも買うてきてちょっと料理したらなんとか形になる。」そこから「茂山の狂言て、豆腐みたいやな」と悪口で言われたんです。
でも、二世千作はそれを逆手に取って、「別に豆腐でもいいじゃないか。京都の町で親しまれるお豆腐のように、多くのひとに親しみをもって観てもらえる狂言を目指しなさい」と言いました。「お豆腐狂言」とは「家訓」のように言われてることばなんです。
茂山家の中で「HANAGATA」は、どんな存在ですか?
もともと花形狂言会は、父(五世千作)たちが作った会で、新作も必ず上演していた。僕が二十歳くらいに入会した後、父たちが「五十くらいで花形っていうてもおかしいな(笑)親子で花形ゆうのもなぁ」と上が抜けて、最終的に僕らの世代だけが残ったんです。
そこで、花形狂言会って書いてあるけど、僕らは狂言だけをするのか。狂言会って書いてあったら、狂言しかできない縛りがあるような気がするので、HANAGATAとアルファベットにして何でもできるようにした。狂言もやっているけれど、狂言じゃないこともやってますし、例えば狂言の手法をつかったコントであったり。
富山でも演じられる「寄せ笑い」はそのコントのような演目でしょうか?
「寄せ笑い」はね、これは逆なんですね、すっごい狂言的な手法なんですよ、ふたりで、同じことばを調子を合わせて掛け合いながら、笑い合うんです。狂言の中では普通の手法ですが、それだけを取り上げたら面白いんじゃないかと、思いつきでやったんです。
狂言だけにとらわれず、その時僕ら5人が、おもしろいであろうと思う舞台をつくっていこうというのがHANAGATAという会です。
新作をつくる時、どんなところで着想を得られるのですか?
例えば、「狸山伏(たぬきやまぶし)」※の衣裳に関していいますと、「狸腹鼓(たぬきのはらつづみ)」という古典の作品にあるんです。狂言の演目にはランク付けがされていて、そのなかで極重習(ごくおもならい)というものが3番あります。それが「釣狐(つりぎつね)」と「花子(はなこ・はなご)」と、この「狸腹鼓」。一番難しい、格も高い、普段なかなか出ない狂言なんです。「狸腹鼓」ではこの狸の着ぐるみの上に衣裳を着て、さらに狸の面をつけます。しかもこれ、井伊直弼がつくった、復曲した狂言なんですね。
それを僕が披いた時(初演)に、狸のコスチュームだけをみた童司が「これ普通に(ほかの演目に)出てきたらおもろいよな」と思うたんですよ。それを聞いた時は「まじでやんの?え、たぬきやで?井伊さん作らはったやつ、そんなん使うてええの?」と。最終的には、おもろいなぁゆうてやってますけど(笑)何でしょうね、恐れを知らないというか。
※「狸山伏」……古典狂言「蟹山伏」をもとにした花形狂言オリジナルの舞台。富山公演で上演。
HANAGATAのおもしろさはどこから?
5人ぜんぜん個性も違いますし、考え方も違いますんでね。うちの家は結構それをよしとしているというか、認め合って、良い意味で他人なんですよ。当然、得手不得手は出てくるので、それをお互いが補いながらやっている部分があるんです。だからこそうちの家って広がりがあるというか、たまに行き過ぎることもよくあるんですけど(笑)
HANAGATAの5人が5人、案外ぜんぜんちゃう方向を向いている。けれど、芯になるものは家であったりすると思うんです。ここさえ崩さへんかったら、いろんな方を向いているほうが広がりができていくので、いいんじゃないかな。
富山のみなさんにメッセージをお願いします。
狂言は古典芸能ですけど、あまりそう思わずに、「何をしよるのやろ」と思って観に来ていただけたらありがたいなと思います。今回上演する演目のなかで古典の狂言は「附子」ひとつ。それ以外は、今、僕たちが考えうる一番おもしろいであろう「お芝居」をいたします。古いことをやっていますけれど、やっている人間は古くない。観ているお客さんも古くない。その関係性がないと「お芝居」として成り立たない。
ですので、あまり難しいことを考えず「なんやろう」て思うて観に来てください。きっとみなさんに楽しんでもらえると思います。
オーバード・ホール情報誌 mite mite vol.50〈狂言体験等掲載〉
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